海外ボランティア立ち上げ苦労談
桑原 耕治
定年退職をして自由な時間が増えるとボランティアをして自分の余生を意味あるものにしたいと思う人はたくさんいらっしゃると思います。私もそんな一人です。どうせボランティアをするなら、外国でやったほうがおもしろそうだと思い、4年前、英語を勉強することにしました。当時事務局長だった呉橋さんと知り合い、ニュージーランドへゆき、この会に入会することになったのも実はそうした背景があったからです。
今、私はフィリピンのシキホールという島で島民の生活を良くするプロジェクトを始めようとしています。シキホールは人口が8万人、広さが小豆島より少し広い周囲80Kmのほどの島です。人々の1日の労働賃金は200円〜1000円(1日の稼ぎです!)です。それでも仕事に就ける人は恵まれており、大多数が自給自足に近い農業や漁業で生計を立てています。島は石灰岩でできており、土地が痩せています。そのお陰で白い砂浜、サンゴ礁、ヤシの木に囲まれ、私たち外来者には美しい景観を楽しませてくれる島です。
近年、リゾートとして知られるようになり、欧米人がたくさん訪れるようになりました。ところが、観光客が落とすお金のほとんどはリゾートホテル(大部分は欧米人が実質的に経営している)にとどまり、島民には行き渡りません。
そこで、私は島民が直接観光客から金儲けをするお土産プロジェクトを立ち上げたいと思うようになりました。土産物なら、自分の趣味の水彩画を役立てることができるからです。まず、私の絵を使って大量に絵葉書やコピーを作り、これを島民にプレゼントして観光客へ売ってもらい、売上金は売った人のものにすることを始めたのです。今は、小さなギャラリーを作ってそこで展示販売する計画が進行中です。ここで最大の障壁は文化の違いです。シキホールの人たちは本当に親しみがあっていい人たちなのですが、仕事をするとか約束を守るとかということになると信じられないほどいい加減なのです。また、お金持ち日本人に対して、お金をもたない島民がいろいろ(時には無断で)いただくことに全力をあげるということに何の疑問も抱きません。キリスト教的な世界観と南国固有の楽観主義とが結合した固有の文化と思います。
こういう人たちと一緒にプロジェクトを始めるというのはとんでもなく難しいと最近は実感しています。島民だけに任せておくとどうなるかわかったものではないので、この9月に島を訪問した時、島に住んでいるリタイアしたアメリカ人の協力を得て、島民2人と私の合計4人でプロジェクトをスタートさせることにしました。 フィリピンは口約束の世界で、その約束たるやいい加減極まりないということを学んだので、プロジェクト運営の覚書を作り、リゾートホテルへ委託販売するときの契約文書も作りました。これで何とかスタートが切れるのではないかと思っていますが、それでも、期待が裏切られる可能性は高いのです。
シキホールでお土産プロジェクトを始めることにしてから約1年経ちました。その間に描き貯めた水彩画はおよそ40枚になります。今、島で一番のリゾートホテルから私の絵を売りたいという申し出も来ており、プロジェクトの存在が段々知られるようになってきました。
私は今63歳ですから、あと10年くらいはシキホール島へ行ったり来たりできると思います。この間、プロジェクトが稼いだお金は島の子供を画家に育てることに使う計画です。南の島に住む底抜けに明るい住民の生活やその自然を画いた絵が良いお金になることに島民を気づかせ、画家になるインセンティブを与えてシキホール島を芸術の島にし、島民が貧困から脱却する手助けをするのが私の夢です。