外国で本当にあった「こわーい話」

桑原 耕治

日本で生活していると、特に私のような年金生活者は、何事もなく平々凡々と日が過ぎてゆきます。ボーっとしている間に外界に対する免疫・耐性がすっかりなくなり、知らず知らずに無菌状態(言い換えれば世間知らずのアホ)的な人間になってゆくようです。このような日常を送っている私は、ひとたび外国へゆき、開発途上国に代表される桁外れのエネルギーの渦の中に放り出されると、すっかり調子が狂ってしまいます。まさかの思い違い・忘れ物・事故・詐欺・盗難などありとあらゆる災難に悩まされます。旅先では軽微なことでも致命傷になることがあります。「パスポートを無くした」、「交通事故にあった」、「カードを盗まれた」などなど、いずれも国内で起きたのと外国(特に開発途上国)で起きたのとでは対処の困難度は桁違いです。

私のような、いささかネジが緩み始めた者にとって単独外国旅行は極めて危険度が高いのですが、また、その魅力も相当なものです。危機に遭遇すると、アドレナリンが体を満たしてゆく感覚とともに、闘争心が湧いてきて、困難を克服したときの満足感が忘れられないからです。超スリリングなジェットコースターに乗っている感じと似ていますが、危機が本物だけにもっとドキドキします。

さて、今回の旅で遭遇した災難をいくつかご紹介しましょう。

マニラにはイントラロムスというスペイン統治時代の遺物があり、観光客が集まります。そこを歩いていたときのことです。観光客を乗せて街を案内する馬車屋がしつこく「乗れ。1時間500ペソ(1000円)だ」と言ってきました。無視していると、「ディスカウントする。50だ」というのです。実は、これは馬車屋の常套手段で、降りるとき、「俺は50米ドル(5000円)と言ったんだ。」と主張するつもりなのです。手口を知っている私は「オー、教科書どおりやってきたナ」と嬉しくなりました。

ドゥマゲッテという街で両替をしたときのことです。人と車(といってもほとんどがトライシクルというオートバイの横に小さな小屋のようなものを付けた乗り物)でごった返している交差点の路上で両替屋が札びらを片手に立っています。いつも両替してくれる男に近づいていって150米ドルをフィリピンペソに両替し、ペソを財布へ入れているとき、肩に異様なガサガサしたものを感じました。両替屋が何か叫んで私の肩をはたきました。彼が指差す先を見るとタランチュラのような大きさで毛むくじゃらの蜘蛛が走り回っていたのです。こんな蜘蛛が街の真ん中で私の肩へ飛んでくるわけがありません。これはびっくりさせておいて金をくすねる手合いの仕掛けたことだと信じています。両替屋と顔見知りだったのが助けになったのでしょうか。2箇所を刺されたので帰国後、医者へ行ったら笑われてオシマイでした。治療?そんなもんはありやしません。

マニラ空港とホテルがあるダウンタウンまでタクシーしか移動手段がないので、
どうしてもこれを使うことになります。 外国人相手の雲助のようなタクシーを排除するため、最近、エアポートタクシーというのができました。 今回もこれを利用したのですが、いつもにくらべ、メータの上がり方が早いのです。気をつけてメータを見てみると開封を禁じたタグだけでなく、妙なシールがべたべた貼ってあります。ヤバイと思ったけど、暑くて騒がしい道路際で大きな荷物を抱えて排気ガスにまみれて他のタクシーを捜すのも面倒なので、様子を見てやろうと腹を決めました。結局、降りるとき、普通なら200ペソ(400円)でお釣りが来る所、360ペソ(720円)になっていました。 「高いナー。このメータは正しいかよ」とちょっとだけ苦情を言ってみたけど、「チャンとセキュアーに管理されている」と一蹴され、下手に事を荒立てるとお後が怖いので、さっさと360ペソを払って退散しました。右の写真は問題のタクシーメータです。

ドゥマゲッテの安ホテルで一泊し、明日帰るという日の夕暮れ時に航空券をチェックしたとき、明日と思っていた飛行機が今この瞬間に関空に向かって最後のフライトをしていると知りました。 次の瞬間、航空券がパーになったことを無茶苦茶残念と思い、その次の瞬間にアドレナリンがドッと出て「何とかせねば」と必死になりました。 明日(日曜)のマニラまでのチケットの目処が立つと、今度は辺境の地に置き去りにされたような奇妙な絶望感と孤独感に襲われました。そこで、アルコールの力を借りるのが手っ取り早いと思い、いつもの焼鳥屋(地元民に人気の店。鶏はその辺を走り回っているヤツだから余分な脂肪がついていない)へ行き、だれもが1本しか注文しない串焼き(モモ肉片足分が串刺しになっている)を豪華に2本注文し、サンミゲールビール(1本70円)を飲んだら完璧にリラックスでき、グッと余裕が出てきました。

翌日(日曜)マニラ空港に着き、清潔感溢れるフィリピンエアーの事務所へ行きました。滞在中、決して見ることはなかった真っ白なワイシャツにネクタイのスマートなクラークと話をしているとフィリピンに居ることを忘れそうになります。エクスパイヤーした関空行きのチケットを恐る恐る差し出し、すがるような眼で相手の反応を待ったのですが、答えは予想通りでした。
そこで買いなおすことにしたのですが、その日(日曜)の航空券は定価(7万円)の上、オープンチケットで、座席に空きがあれば乗れるというものです。 満席で乗れない場合、翌日(月曜)再チャレンジし、それでも乗れない場合、よく翌日に再々チャレンジという不利なものでした。目の前が真っ暗になったのだけれど、もし、月曜の便を今から買ったらどうなるかを聞いたら、面白いことに、翌日のチケットなら50%ディスカウントで座席も予約できるというのです。「最初からそう言ってくれよ!」と文句の一つも言いたいけど、50%ディスカウントですっかり気分を良くし、冷徹なクラークが「仏様」に見えました。それでマニラで1泊して月曜日の便で帰ってきました。帰りの飛行機はぎっしり満席でした。オープンチケットにしなくて本当によかった。

海外に居るときの私の戒めを最後にご紹介します。 最後まで読んでいただきありがとうございました。

「信じる者は、すくわれる。  ・・・足を!」

「マニラでも、笑う門には、福来る」 

でも本当に怖いのは 「年老いて 自信過剰の一人旅」