ニュージーランドにおける外来植物問題

情報:農業と環境 No.111 (2009年7月1日)
独立行政法人農業環境技術研究所

少し長いですが、NZの牧歌的風景が、もともとのものでないこと。外来植物への極端な検疫が理解する機会です。NZからの種の持込も止めましょう。
ニュージーランドは固有の生物相を外来生物の影響から守ることに大変熱心で、外来生物規制に関して世界でもっとも進んだ制度が整備されている国です。そこにはこの国の価値の源泉である自然や農業が、外来生物による深刻な脅威にさらされているという危機感があります。

読者のみなさんは、ニュージーランドについて、どのような印象を持っているでしょうか? 自然の豊かな国、あるいは畜産が盛んな国 (人口―420万人 よりも、ヒツジの頭数―850万頭 が多い) かもしれません。どちらも雄大な景観と自然の中での生活を想起させます。しかしながら、実はこの二つは矛盾するイメージであることにお気づきでしょうか。

ニュージーランドは、自然に起こる生物の進化や移住という時間スケールで見ると、ごく最近まで無人の島でした。それどころか、先住民であるマオリの人々がやってくるまで、ほ乳類のまったくいない島だったのです。ポリネシア人であるマオリの人々が初めてニュージーランドにやってきたのは約1000年前、本格的に移住を始めたのはわずか800年ほど前のことです。マオリの登場は、大型走鳥類を含む固有生物の絶滅や大規模な森林火災をもたらしました。しかしニュージーランドの自然が激変するのは、18世紀末に本格的に始まったヨーロッパ人の入植以降です。入植したヨーロッパ人は、そこで大規模な農林畜産業を始めました。それまでのニュージーランドはその大半を森林におおわれていたのですが、ほとんどの平地林と比較的容易に伐採可能な場所の大径木は木材として伐採され、土地は牧場や農地、あるいは造林地へと転換されました。

ヨーロッパ人の登場以前、North Islandの北半分はKauriの巨木の森におおわれていました。しかし、現在残されている Kauri の森の面積は、ヨーロッパ人入植以前の5%程度しかないといわれています。森のほとんどが切り開かれ、放牧地を中心とする農業用地に変わったのです。いま多くの人々がニュージーランドの典型として思い浮かべる牧歌的な風景は、実はここ200年ほどの間に出現したきわめて人工的な景観といえるでしょう。入植者たちは、ヨーロッパの植物を、牧草として、造林用として、あるいは園芸用として持ち込みました。入植者の中心であったイギリス系の人々の “No. 1 Hobby” は、いわゆるガーデニングです。そのため、とくに園芸用の植物はヨーロッパのみならず世界中から導入され、それがニュージーランドにおける今日の外来植物問題の原因となりました。大規模な土地の改変によって生じた牧草地や空き地に導入された多数の園芸植物が逃げだして、野生化していったのです。

たとえば、ハリエニシダ (Ulex europaeus)という灌木(かんぼく)は、ニュージーランド の Worst Weed (最悪の雑草)といわれています。葉が鋭いトゲ状になっていて家畜が近寄るのをいやがるので、ヨーロッパでは家畜の侵入を防ぐための生け垣に使われていました。入植者たちは同様の目的に用いるため、この植物をヨーロッパからニュージーランドに導入しました。当初は生け垣だったハリエニシダが、牧草地のあちこちに逃げだして、場合によっては牧草地一面に繁茂するようになりました。そうなると、家畜が近寄らなくなるため、その土地は牧草地として使い物にならず、放棄されます。同様のことがニュージーランド中でおこり、はなはだしい場合は丘陵一面がハリエニシダにおおわれた場所さえあります。現在もニュージーランドではこの植物に対する多数の防除プログラムが実施されています。なお、ハリエニシダは明るい環境を好み、暗い森林の中では生育できない植物です。つまり大規模な開発がハリエニシダの蔓延(まんえん)をもたらしたともいえるのです。

世界的に見ると侵略的外来植物の多くは、園芸用として導入された植物を起源としています。日本では、たとえば、セイタカアワダチソウが明治期に園芸用として導入されたものです。これらの植物は野生化してから長い時間、時には100年以上をかけて徐々に分布が拡大します。野生化した当初は 「こんな所にめずらしい美しい花が咲いている」 くらいですが、そのうちにあちこちで見かけるようになり、「最近よく見かけるな」 と思うころにはすでに手遅れというわけです。

外来植物の野生化と問題植物の発生の間には「1/10法則」と呼ばれる経験則が見いだされています。これは野生化した外来植物中の10分の1が問題化するというものです。日本で 「特定外来生物」 に指定されている植物は12種であると書きましたが、1,200から2,200種の外来植物が野生化していることを考えると、実は現在指定されている数の10倍以上の侵略的外来植物がすでに野生化していると考えるべきでしょう。つまり、今後20年から30年程度でそれらによる被害が急増する可能性があるのです。

ニュージーランドはさまざまな外来種対策に多額の費用を投入していますが、植物の場合だけをとってみても、すべての問題植物に同時に対策を取ることは不可能で、多くの侵略的外来植物の分布はいまでも拡大し続けています。日本でも、いま十分な対策を取らなければ外来植物による被害が頻発し、将来の対策に莫大(ばくだい)な費用を要する可能性があります。

費用対効果のもっとも高い対策は、まだ分布が限られているうちに「根絶」することです。それでも、植物の場合、根絶に成功する確率は分布面積が100ヘクタール以下で33%、100−1000ヘクタールでは25%といわれています。最初に、問題となりそうな生物を入れないこと。そして早期発見と早期対策が重要です。日本は植物に対する病原体や害虫に関しては非常に厳格な検疫を行っていますが、植物そのものに関する規制がほとんどありません。さいわい日本にはまだ若干の時間が残されているといえますから、できるだけ早く、(1) 植物を導入する際のルールの明確化、(2) 問題化する可能性がある植物を早期に検出し根絶するための「枠組み」の整備、そして(3) 効果的な防除法の検討 を行い、将来の被害を最小限に食い止める努力を始める必要があります。
(生物多様性研究領域 小沼明弘)

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